何かおかしい今のマスコミと菅政権

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マスコミがマスゴミと揶揄されるようになってもうだいぶになってきました。かつては、朝日新聞、読売新聞など尊敬の対象であったのが、最近は本当に偏向がひどく、事実に基づかない内容も多いので、見る見る部数を減らしているようです。
ここに何がマスゴミといわれるいわれなのかを判りやすく書かれたブログがあったのでご紹介します。


16議員の行動を非難する朝日社説に「理」はあるのか
「永田町異聞」

http://ameblo.jp/aratakyo/entry-10806173145.html

誰が言ったか、社説は「新聞の床の間」だという。なくても困らないが、なければなんとなく体裁が悪いというていどのものだ。

実のところ、筆者は「社説」に異議を唱えるのをあまり好まない。経営陣の意向が色濃い「社論」に沿って、論説委員が意見を出し合い、その総意を汲み取って書くようなものに、さしたる意味はない。いわば、「毒にも薬にもならない」からである。

それでも、この論を信じきっている人も、中にはいるだろうから、時々はお愛想ていどに苦言も呈しておかねばなるまい。

たとえば、今朝の朝日新聞「小沢氏系造反 異様な行動に理はない」と題する社説に、どれほどの「理」があるか。それを今日の料理の材料としてみよう。

いうまでもなく、16人の民主党衆院議員が、国会内の民主党会派からの離脱を表明した一件がテーマなのだが、「政党人として到底許されない行為だ」と書き出しからいきなりバッサリ斬って、怒り心頭といった風情なのである。

なぜ、そんなにお怒りなのか。「社論」の背景は色々あるだろう。それは後述するとして、まずはこの「社説」における怒りの理由を下記に抜粋したので、とくと拝見しよう。

◇16人は「造反」の大義名分として、菅政権が国民との約束であるマニフェストを「捨てた」と断じるが、見当違いもはなはだしい。ばらまき型のマニフェストが財源不足で破綻していることは誰の目にも明らかだ。必要なら見直すのは、政権与党のむしろ責務だろう。確たる恒久財源の当てもなく、「マニフェスト実現」のスローガンばかりを繰り返す方がよほど無責任である。◇

これだけ読んだら、「そりゃそうだ」と納得する読者も多いことだろう。しかし、その納得の思いは、財源不足で破綻しているマニフェストを菅政権が捨てたのを造反の理由とするのは見当違いだ、とするこの社説の意見に同意するからに他ならない。

ならば、本当にこの16人が見当違いなことを言っているのかどうかを検証しなくてはなるまい。

こういうときにこそ、ぜひ、インターネットを活用したいものだ。ネットで検索すれば、彼らが報道陣に配った文書の全文が手に入る。朝日社説が書く「マニフェスト実現のスローガンばかりを繰り返す方がよほど無責任である」に対応する文章はこうなっている。

◇総選挙では、予算のムダを徹底的に削り、新たな政策の財源に充てるとしたマニフェストを掲げ、政権交代を実現した。しかし、「予算の総組み替えなどを行う」と主張していたのに、ほぼ手つかずの一方で、先週、菅総理大臣は、「衆議院の任期中上げない」としていた消費税については、「来年度末までに法的な対応をしなければいけない」と発言し、増税への意欲をあらわにした。菅政権は国民との約束、マニフェストを捨てたのである。
 また、政治家主導で日本を立て直すはずが、目玉とされた国家戦略局の設置法案は実現せず、公務員制度改革も反古(ほご)にされている。官僚に頼り放しだが、尖閣問題や北方領土問題など、もっとも政治主導であるべき案件で失敗すると官僚のせいにする。菅政権は政治主導の御(み)旗も捨てたのである。◇

議員16人が強調しているのは、政治主導で総予算組み替えや公務員制度改革などを実行することによって、国民との約束であるマニフェスト実現に努力するべきであるのに、菅政権は約束を破って消費増税に血道をあげ、官僚依存の自民党政治に逆戻りしたということである。上記の文章で彼らの行動の真の意味は十分、理解できるはずだ。

その真意を無視し、「マニフェスト実現のスローガンばかりを繰り返す方がよほど無責任である」という問題にすり替えて論説を展開する背景に何があるのだろうか。それは、この社説の後半、つぎのくだりにヒントが隠されている。

「小沢氏の処分を早く決め、マニフェストの見直しや社会保障と税の一体改革も決然として進めなければならない。もはや『党分裂』を恐れて迷い、ためらっている段階ではない」

つまり、なにがなんでも「消費増税」をやり抜け、と菅首相の尻を叩き、首相を操る財務省に声援を送っているのである。

ここで、2月10日の「永田町異聞」メルマガ版にくわしく書いた新聞界の思惑にふれないわけにはいかない。メルマガから一部を転載する。

◇新聞と財務省の関係をうかがわせる人事があった。昨年11月16日、丹呉泰健氏が読売新聞の社外監査役に就任するという小さな記事が各紙に掲載された。

丹呉氏といえば、2009年の政権交代直前に財務事務次官となり、2010年7月に退任したばかり。OB人脈を含めた財務・大蔵一家のなかでの影響力は大きい。

読売新聞がなぜ、丹呉氏を必要とするのか。読売グループのドン、渡邊恒雄の意思がはたらいているとみるのが自然だろう。この人事の背後に、「消費増税」への新聞界の思惑が透けて見える。

消費税が数%でもアップされると、ただでさえ人口減、インターネットの台頭、広告収入の大幅ダウンに見舞われている新聞業界はもたない。

そこで、渡邊氏ら新聞界のトップが考えているのが、英国のように食料品など生活必需品の税率をゼロ、もしくは軽減するよう世論を誘導し、その生活必需品のなかに、さりげなく新聞をもぐりこませるという算段だ。

それを可能にするために、財務省増税路線を大いに支援して恩を売っておく必要がある。いざというときの橋渡し役として、丹呉氏はうってつけだと考えたに違いない。

新聞にとって、もうひとつの恐怖は、再販制度と特殊指定の特権を剥奪されることだ。現在のところは、再販制度によって高価格に維持できているからこそ、まがりなりにも新聞の経営はなりたっている。

ふつうの商品なら、価格を決めるのは小売であり、メーカーが価格を押しつけると独禁法違反になる。新聞は特殊指定によって、メーカーである新聞社が価格を決めることができる数少ない商品だ。

渡邊恒雄氏ら新聞業界トップには再販制度をめぐるこんな前歴がある。2005年11月、公正取引委員会が、再販制度について新聞の特殊指定を見直す方針を打ち出した。実はそれよりはるか前の1998年にも公取委が「基本的に廃止」の方針を固めたことがあったが、新聞協会会長だった渡邊氏らの政界工作で、「当面見送り」にさせた経緯がある。

05年の見直し方針に対しても同じだった。新聞協会は猛反発し、各政党への働きかけによって政界の支持を得た新聞協会に公取委が屈して、方針を取り下げた。

記者クラブの独占的取材体制など新聞協会の既得権に手厳しい小沢一郎は、マスメディアにおもねる体質が色濃い政界にあって異彩を放っており、それが異常なバッシング報道を受ける大きな要因であることは確かだろう。

ちなみに、再販制度を所管する公正取引委員会の委員長、竹島一彦は大蔵省OBであり、読売新聞の社外監査役となった丹呉が、この方面でも一定の役割を果たすことになると推測される。

こうしてみると、強大な予算配分権の維持をめざす財務省は国家財政の危機を過大に喧伝して増税の必要性を唱え、現実に経営危機が迫りつつある新聞社とその系列のテレビ局を抱き込むことで、世論調査という擬似国民投票に右往左往する菅内閣財務省の言いなりになる形をつくることに成功したといえる。◇

大新聞がこぞって消費増税を支援している理由がわかっていただけたのではないだろうか。

経営の論理が新聞の「社論」になり、そこから逸脱しないよう、いやむしろ社長の覚えめでたきよう意図して「社説」が書かれている日本新聞界の現状が、今日の朝日社説からも浮かび上がってくる。

新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)






現在の民主党政権がなぜ国民の期待を裏切っているのか?
国民が期待して投票した元祖民主党とは何なのか?
判りやすいレポート。


蓮舫レポートに見る政権交代の意義の理解の欠如」 
晴耕雨読

http://sun.ap.teacup.com/souun/4214.html

現代ビジネスに掲載されている「蓮舫レポート」なるものに「民主党衆議院議員16人の会派離脱「意味がわかりません」という記事があった。

内容を読んでもらえば分かる通りに16名の会派離脱を非難しているものだが、その理屈が滅茶苦茶であり、この程度の頭で政権交代のための民主党の公約を理解していたのかと驚いてしまった。

野党時代に作ったマニフェストの実行を迫られても調べてみたらお金がなかったからできないと言っている。

その理由は与党になって調べたら、初めてお金がない事に気が付いた。

だから事業仕訳けで無駄を省いたり埋蔵金を発掘したりした、と言っているが、何を言っているのかとあきれるばかりだ。

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そもそも政権交代の原点は「国民の生活が第一」という理念であり、そのために「国会議員による政治主導」という「手段」が掲げなれたはずである。

そして子ども手当、高校の無償化、農家の個別保障や高速道路の無償化という自民党時代には考えられなかった国民に対する「直接の税金の使用」による政策が実施されたのである。

これらは当然のごとく過去にあった政策や事業の追加であり、このための財源が問題にされてきたのである。

ここに蓮舫氏の大きな間違いが存在している。

無駄を省き、埋蔵金で全てまかなえると思ったというのは幻想だった、だから公約の見直しは必要という意見は一見もっともらしい。

しかし、正にこの事が何も分かっていない、貧相な言い訳に過ぎない事をここで露呈したのだ。

他の菅直人の同調者も同じ考えのようだが、とんでもない事である。

小沢一郎が明確に述べているように「予算の組み替え」こそが政権交代の意義そのものなのだ。

自民党時代から連綿と続いている官僚による予算編成で、この国の予算の省庁別構成比を見れば一目瞭然なのだが、構成比は殆ど動かないままずっと続いているのである。

この事は官僚たちの利権構造がそのまま温存されたままであることを現している。

だからこそ官僚たちは新規の民主党による政策に対してマスコミを使い「ばら撒き」という造語で予算なき政策と非難させたのだ。

その意味は、今ある政策が変更されては既得権が消滅してしまうからである。

だから小沢一郎は、今回が政権交代後に初めて民主党政権として一から予算編成が可能であったのに、自民党時代と変わらないやり方で予算が作られたことを非難しているのだ。

従来から存在しているものの組み替えをすれば、子ども手当などへの予算に新たな財源など必要はなくなる。

その代わり既存の政策で削られるものがあるだろう。

それが既得権を持つ者たちが最も怖かった事だったのである。

この事が何も分からずに大臣などしている事は大問題であり、まったく資格がない事を露呈した。

蓮舫氏は、16名の批判をする前に己の理解のなさを恥じて辞任すべきだし、菅直人やその同調者たちについても特別会計を含めた全面的な組み換えができなかった事を説明できないのであれば即刻、辞任すべきである。

しかし本当に菅直人政権の体たらくには驚いた。

これでは政権交代の意義がなくなってしまったのは当たり前であったことが良く分かった。

自民党政権と変わらないのなら彼ら、彼女らが民主党にいる意味さえない。

ただちに全員が議員を辞任するとともに民主党を去るべきである。  




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